わたし的 KinKi concert tour J 1/11 オーラスは コアラのマーチ ミルクティー味 確信
つばさから、ざわつきが確信に変わり、ざわざわ2倍革命(タッキーごめん)です。
もしかすると物凄く奇矯なことを書いているのではなかろうかと思います。
かなり不安ですが、聞こえた全てを書きますね。
ぽへーから、急に歌の世界に引き戻されます。
ほんとうのことを言うと、つばさ、足音、風のソネットはアルバムの中でもあまり聞いていなかった曲でした。
それが、元旦で「いい歌だなぁ」と思って、オーラスで、もう、「いい歌」とかそんな基準の範疇を超えてしまいます。
ここの3曲は、とにかく一緒でした。
つばさ 〜little wing〜。
この曲、で確信したんです。
光一さん違うって。
「いまならあの夢へと〜」のところで、もう完全に今日は、今まで聞いてきた声と違うって感じました。
さっきまでは、「何か違う」「すっごくいい」とか単純なワードで形成されたものだったのですが、
もう単純な言葉で表すと失礼になるような、いや、言葉にして表すほうが失礼だと、そう思いました。
前にも言いましたけれども、私の耳には音がドレミ(ドイツ音だとCDE)って入ってくるんですよ。
ちいさいころはこの耳のせいで、単純に音楽を楽しむことが出来ず、音楽による感動がひとつもなかったんです。
(全部ドレミで入ってくるから、歌が聞こえないんですね…。一番辛かったのは合唱とか…。)
どんなに叙情的なリリックでも、
どんなに綺麗な声でも、
私の耳にはドレミの音でしか聞こえなくて、すごく辛い時期がありました。
でも、辛いんだけど、楽しくないんだけど、音楽は好きで(すげードMみたい…)、
頑張って聞いていたら、いつの間にか自分の好きな音というのが構築されて、
本当にすごい音色というか、声色だとちゃんと声として入ってきて、詩も分かるようになったんです。
それプラス、相対音感の中の感受性アンテナも高まってくれたおかげで、本当に色々聞こえるようになっちゃったのです。
そして、そんな耳で聞いているこの日の光一さんの声は、
もちろん、きたえーるの光一さんでも元旦の光一さんでもないのですが、
はっきりいって、今まで聞いてきたどんな光一さんの声でもないんです。
いや、光一さんの声なんですけどね。←どっちやねん!
でも違うんです。
光一さんの声を生で聞くのが3回目ですから、「おいおい姉ちゃん」と思われる方がいらっしゃるかもしれません。
本当にすみません。
でも、どうしても伝えたいので書きますけれども、
たとえば、KINKIYOUやΦのDVDだったりの声のピッチとか、きたえーるの声のピッチとかとは比べ物にならないというか、
今回の声は比較する対象がないんですよ…。
だからといって新しさもないんです。
なんていうか、光一さんは初めからこの奥深い声を、音を、色を、力を持っていて、それが今回放たれたというか…。
放たれる引き金になったものが何かなんて、こちとら知る由もないし、知ろうとするのもお粗末なので…。
そして、引き出された声にプラスして乗せてるもの、込めてるものが違ったんじゃないかって感じたんですね。
えーと、声量と音のピッチとか色とかはまったく別物でですね。
すっごく力を込めて歌えば、それなりに声量が出るので、それなりに聞こえるときがあるんですね。
確かに今日の光一さんの声量は違いました。
すっごく力を込めて歌われていて、それだけで本当に感動したんですけれども、
それだけじゃなかったんです。
本当にまったく違うんです。
そして、光一さんの声が違ってくるのですから、おのずと剛さんの声も影響されてくるような感じなのです。
つばさのハモリ、鳥肌が立って消えなかったです。
本当につばさの剛さんの、優しくて優しくて本当にこんなあたたかい音色にくるまれている光一さんの声は、
本当に幸せだなって心から思いました。
つばさもやっぱり生がいいです。
この日は光一さんが目立った変化だったのでそこにくるまれた感じの剛さんの声ですが、足音で度肝抜かれます。
やっぱり、剛さんも違うんだって。
足音はですね、急にのっけから剛さんの声の波が違うんですよ。
急に力強く変わったんですよ。
今までは光一さんに合わせるような感じだったのが、突然なので、「エッ?」ってなっちゃったんですけれども、
突然声が「俺について来い」に変わるんですね。
えっと表現が、若干見苦しいかもしれませんし、気持ち悪さを感じる方もいらっしゃるかもしれないのですが、
私のボキャブラリーのなさでは、これしか書きようがないので書きます。
気分を害したらすみません。
俺について来いなんですけど、光一さんを一人おいてけぼりにしているわけじゃないんですよ。
「俺についてこい」って、前を向いているんですけど、隣にいるんです。
それで、優しく力強く背中を押してあげているというか…。
力任せにぐいぐい手を引っ張っているんじゃなくて、押し上げている感じです。
とにかく一緒に、っていう気持ちが剛さんから全面に押し出されているんです。
変な意味でなく、
「俺について来い」と、「絶対おいていかないから、一緒にいきましょう、大丈夫」が混在してる声。
そしてそれに光一さんがついていくんです。
そしてサビです。
足がガクガクしました。
これだけでもとんでもなかったのに、
人はみな〜のところから
光一さんとのハモリの所で、目をつぶりながら剛さんがイヤモニをぶわっとはずすんです。
そのあとの二人の声半端なかったです。
特に剛さん。
イヤモニって自分の声が聞こえてくる(音階確認のために)ってKINKIYOU DVDで剛さんおっしゃってたじゃないですか。
それをはずして、自分の声じゃなく光一さんの声にあわせて歌いにいったときの声が、とんでもなかったんです。
声量もさることながら何もかも。
そしてそのときの二人の声、音、波、色、全部一緒になってひとつの音になってたんですよ。
不協和音になるわけないじゃん、だってひとつの音なんだからって、思ったとき、
もうなんか、ほんとうにこみ上げてきて、そのときの想いは言葉ではあらわせません。
なんていうんでしょうか…ユニゾンとかそういう言葉ではないですよね、もう…奇跡としか…。
とにかくすごかった。
今書きながらでもぞくぞくする。
たぶん歌っている本人たちが一番気持ちいのだろうけど、本当に気持ちよかったです。
そしてこの耳に感謝しました。
風のソネットも、コンサートで聞くまではあまり聞かなかった曲なんですが、これも凄かったです。
心をぎゅーっとつかんで離れてくれなかった。
この曲も剛さんリードでしたが、さっきまでのオラオラ系ではないです。
なぜかというとちゃんと光一さんついてきてるから。
ここの光一さんの声、凄かったな…色っぽかった(変態)。
で、ふたりの音の色がね、ここでも一緒です。
真っ白っていうか、純白って言うか、キラキラした白って言うか。
一番近いのは純白でしょうかね。
あ、補足なんですが、どうやらこの耳で聞く音って色が見えるといいますか…。
本来はドレミで入ってくる音が色で入ってくることも、ままあるんです。
たとえばドは赤とかという風に、本来は一音一音にイメージされる色があるのですが、
私の場合はその人の声が色づいて入ってくることが多いのです。
私の耳で聞く光一さんの音の色は純白、もしくは真っ白。
凄く綺麗です。
そして剛さんは、いろんな色を持ってます。
曲ごとに変えてきたり、それは気分次第だと思うんだけれど、
凄く器用な人で繊細なんだろうなっていうのが色の変化で分かる人。
それで、さっきいい意味で、剛さん、光一さんの声に影響されるって書いたと思うのですけれど、どういう意味かっていうと、
光一さんと歌うとき必ずホワイトがかるんですよ。
たとえば、I willとかはピンク色なんですよ。
もしかしたら赤で歌おうとしているかも知れないのに、必ず白が混ざるんです。
つばさは水色とか…。
それが、足音と風のソネットに関しては純白。
剛さんが合わせに行ったというよりも、ふたりで自然とその色になったような気がします。
風のソネットが終わるまでは、もう感動と震えが止まらなくて、大変だったのですが、その後の曲は安心して楽しめました。
硝子の少年、愛されるより 愛したい、雨のMelodyは歌いなれてもいるせいでしょうけれど、凄くお声が安定されてました。
たぶん歌いなれているから、一番いい音域で歌ってくれるんでしょうね。
それが私の耳には安定したピッチで聞こえるのかもしれません。
なかでも、過去、私が一番はまった曲は雨のMelodyです。
なぜかというと、ダンスがめっちゃくちゃカッコイイから!
踊って欲しかったですが残念でした!
ここまで読んでくださりありがとうございます。
また、お星様、コメント、本当ににありがとうございます。
色々な意見を持つ方がいらっしゃると思いますが、私の耳で聞いたことを率直に書いておりますので、ご了承下さい。
で、申し訳ありません。
なんか、つばさ〜ソネットの感動をどうしても書きたくて、こんな時間になってしまったのですが、
もう、かなり眠たいです。
凄い眠くなりながら書いたので、乱筆乱文あったらすみません。
後でなおします。
本当に申し訳ありませんが、
スワン〜エンディングまでは次のにまとめたいと思います。更新遅くて申し訳ないです。